またね

 映画館は地下にあった。日替わりで一本上映する今日の映画は満島ひかり主演のものだった。水色のポスターに『本日上映』と赤いシールが貼ってある。わたしは階段を降りることができなかった。約2時間。その間に起こるはずのなにか別なことに期待をしていたからである。

約束の時間より少し遅れてやってきた。が、そんなことはどうでもよい。待てば報われるのならば、待つ。わたしは現世を生きる女武将である。『他人』の手は夏もつめたかった。ベージュの、素材のよいシャツが似合っていた。

なんとなく、レンタルビデオ屋へ入った。BGMは流行りの日本人ロックバンドで、おそらく『他人』は敬遠するタイプのものであった。

「なにか、言いたいことがあったのだけれど、なにを言おうとしたのか、忘れた」

「外に出よう」

文学的でないリリックと乱暴な前戯みたいなギターは、BGMとして最悪だった。バンドメンバーのビジュアルありきの音楽など、CDも出さずにテレビ出演したほうがよい。

我々は外へ出た。映画館とレンタルビデオ屋のほかにはなにもない。乾いた草が伸びる、彩度の落ちきった道を歩いた。坂道を下るとき、『他人』のさらさらとした腕に触った。

「友達は、信じないとだめだよ」

と『他人』に言われた。レンタルビデオ屋で思い出すことができなかった、言いたかったことのすべてを話した。

しばらく進むと、スーパーマーケットを見つけ、わたしは黄色い炭酸飲料などを飲みたいと思った。しかし、自動販売機にはもっともっと魅力的な飲み物が整列していたため、スーパーマーケットには寄らなかった。

歩き続けると、日は落ちていた。オレンジ色の照明が映える路地裏で、我々は腕を組んで歩いた。しかし、猫背になり、なんだかとても不恰好なかたちになったので、わたしはすぐに『他人』を引き剥がした。『他人』の肌のつめたさは、昼も夕も変わらなかった。

わたしは『他人』と一緒にいる間じゅう、ずっと右腕の腕時計を気にしていた。ホームセンターで1000円のカシオの腕時計は、文字盤が見やすくてよい。満島ひかりの映画は、まだ続いているだろう。わたしは、他のところへ行かなければならない。

中学の頃の教師が車で通りかかった。教師は『他人』のことは覚えていたが、わたしのことは覚えていなかった。教師は車を停めて窓を開け、我々に黄色い炭酸飲料味のグミをくれた。わたしはそれをふたつぶ一気に口へ放り込み、時計を気にしながら走った。他のところとはいったいどこか知らないが、わたしは走った。『他人』に「またね」を言うのも忘れていた。

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