紙みたいな

 岩井俊二監督の映画『リリイ・シュシュのすべて』にも使われているクロード・ドビュッシー作曲の『アラベスク 第1番』(聞けばわかる)を聴いている。(クロード、というのはモネと同じなのでフランス人に多いのだな、覚えておこうと思った)

 ついさっき、浅野いにおの『うみべの女の子』を読んだ。はっきり言って、「これを読んでいったい何になるんだろう」って感想だ。

 四年くらい前に、今は潰れた駅前のヴィレッジヴァンガードで買った。『サブカル』というワードに敏感だった頃だ。

 当時はエロい描写が多くて股がキュンキュンする漫画だなくらいにしか思っていなかったけど、今読み返してみると、小梅ちゃんも磯部も大勢のDQNも、みんな人として終わっていて、マジで人間嫌いになりそうだった。こんな奴らに感情移入するほど自分は腐ってねえと思いたかった。でも、腹が立つのは、磯部が言ってることが正しい(わたしが信じている正解に近い、というニュアンスで正しいという言葉を選んだ)からだとも思う。最後の小梅ちゃんと磯部のシーンとか、心しわくちゃになった。あまりにも小梅ちゃん自分勝手すぎるし、磯部はたしかに怖かった。

 『リリイ・シュシュのすべて』は一度しか観たことがないけど、後味は悪かった。この映画を観てスッキリしなかったあたり、まだ自分はまともなんだなと、そう思うしか救いが見つからないような映画だと思っている。まだ10代であんな役を演じた市原隼人とか蒼井優とか、今も役者として過ごしているわけだし、役者すごいなとしか言いようがない。

 『リリイ〜』にしろ『うみべ〜』にしろ、やけに綺麗な絵とか映像とか音楽で、汚いけどリアルな世界を見せてくるのが怖い。笑いながら殺してくる奴みたいな、そんな狂気が狙いなのかもしれないけど。あと、インターネットが絡むとクソだなと思った。

 

 

 自分が良い方向に変わることで、誰かを傷つけていることにはわたしも気づいているし、果たしてそれは本当にいいことなんだろうかとも思うし、遠回しに「前の方がよかった」と言われたような気もする。

 『サブカル』という言葉にとらわれて、ちんこみてえな頭にしたときもあったし、意味わからないことばっかり言ってた(今も?)し、リュックにいっぱい缶バッジついてたし、ベッキーと不倫した人の歌とか聴いてたし、今思うとそういうクソダサかった頃のわたしには死んでも戻りたくないし、まあ死んでも戻れないんですけど。

 視界良好なショートカットでこのブログ書いてトートバッグで出勤して"音楽"を聴いてます。

 幻覚を見る、あなたがそれが良いならそれで良い。薬を飲めとは言えないし、わたしが嫌いなわたしを好きだと言われても、あんまり嬉しくないけど、わたしはリアルタイムで好きだし。片思いでいいです。

 

 

 明日からは雨らしいし、ジメジメするんだろうな。紫陽花は、枯れかけの頃がいちばん美しいと思ってます。