メルト・エイジ

 わたしがオレンジ味の飴玉を食べるのだと思っていた。

「飴、あげる。」

「わたしが選んでもいいの?じゃあ、こっちもらうね」

 その日の帰り道、わたしは水色の飴玉を噛み砕きながら帰った。ソーダ味だった。ラムネ味だったかもしれない。とにかく、水色の味がした。彼女のオレンジ色の飴玉は、疑いも迷いも含まない寸分の狂いも無く精密なオレンジ味だろう。

 ばりばりと飴玉が砕けていく音が、わたしの内側から聞こえる。わたしが聞いているばりばりと、ほかの人が聞いているばりばりは、違う。まったく違う。わたしのばりばりは、わたしだけのもので、こんなに素晴らしい現代でもシェアできないし拡散もできない。わたしがわたしであることを確かめてうなずくためには、飴玉を壊して音を鳴らす以外に術がなかった。水色の味を飲み込んだら、破片が喉に刺さって、久々に母に怒られたときのような気持ちになった。

 飴玉の溶けるスピードは、その人の心の余裕に比例しているような気がする。人の心について語る心自体が薄っぺらくてなんだか笑ってしまうけれど、他の内臓を圧迫しないためにも、心は薄っぺらいほうがよいのかもしれない。(心は形ある臓器だと、だれが言った?)

 彼女の飴玉は、彼女の口の中にいる間、ずっときれいな飴玉だった。まるいものはきれいだ。だれも傷つけないから。だれも、なにも、刺したりはしないから。彼女は最後の一瞬まで球体を保ったままで、オレンジ味を体の中の一部とした。それは、とても健康的なことのように思えた。彼女の心の余裕という想像上の空間に、ゆっくりとオレンジ色が染みこんでいったところを想像した。

 飴なんて、食べなくてもよいのだ。生きるために必要なことだけを選ぶなら、飴は世界から消えてしまう。飴だけじゃない。水以外のほとんどが、消えてしまう。コーヒーゼリーは飴よりも早く消えるだろう。そんな理屈で、音楽や絵や本や映画やおしゃれな服やこれを書いているわたしやこれを読んでくれているかもしれない君たちのすべてがいつか消えてしまうのなら、「わたしたちも、飴玉だった」と笑って世界からログアウトしよう。まるくてきれいな飴玉であったと、馬鹿みたいに信じたままで。

 飴玉は、演劇の舞台の千秋楽でもらった。演者が客席に投げたそれを、わたしはふたつ掴んだ。その飴玉が、また別の物語を生んだ。作り話からこぼれた飴玉が、現実の世界で事実を作ったのだ。今はもう溶けてしまった飴玉が、その境界線をじんわりとにじませてしまった。

 ほんとうに、ゲームオーバーみたいな帰り道だった。だれかが急にわたしの10月31日をシャットダウンしたように、すべてがある瞬間でぷっつり途切れた。ゲームがリセットされて再開したのは、その翌年の4月のことだ。

 水色の飴玉を選ぶ彼女は、18歳の夏の美術室にいて、それはやっぱりどうしても現在には連れてくることのできない人なのだった。いや、そんな言い方はおかしい。連れてくる必要の無い人だ。そう思っていた。

 わたしだけが、18歳の夏の美術室から出られずにいた。出口はすぐそこにあるのに、いつまでもシャボン玉で溢れた去年の夏の美術室に閉じこもっていた。そういえば、あの日にふたりだけでたくさん飛ばしたシャボン玉も、まるくてきれいだった。机や黒板や石膏像やイーゼルにぶつかって消えていくシャボン玉のように、潔くはなれなかった。気がつけば、わたしが消えてしまわないために安全な道を選ぶことだけがずいぶんうまくなった。

 (子供だった。幼稚だった。幼かった。若かった。青かった。どれが、ふさわしいだろう。)

 髪の毛を切った。髪の毛を染めた。制服を脱いだ。新しい友達ができた。そのすべてが、たいしたことないとわかるまでに、かなり時間がかかった。オレンジ色の飴玉を選んだ彼女は、水色の飴玉を選ぶ彼女も18歳の夏の美術室から連れてきて、新しい景色を見せたし、水色じゃない飴の味を教えていた。

 大人になるためには、子供で幼稚で幼くて若くて青い時間が必要だ。

 オレンジ色の飴玉も、水色の飴玉も、どちらもまるくてきれいだったことを、今さらになって思い出した。偏った憧れは、ばりばりと音を立てて壊れた。わたしが噛み砕いた音。

 まるくてきれいな飴玉を含んだ彼女の頬と、膨らむことはなかったわたしの頬が、対称的だった。ふたりならんで飴玉を食べたわけではないけれど、きっとそうだ。西武新宿線のかわいらしい黄色の車輌が、暗闇の中でしずかに光る夜に、涙を乾かすにはすこし足りない、もどかしい風がわたしの頬だけをからかうように触っていった日の、話。

 

 

 

 ここに記したすべての思い出も、連れて行こう。