血が沸騰する夜

 一行目より二行目。

 二行目より三行目。

 三行目より四行目。

 こうやって、いつまで経っても文が書けない。現在は楽勝だ。未来にツケを回すことができるから。五行目の現在は、一行目から四行目までのわたしが放り投げた現在で、(かつては未来だった)またどんどん先延ばしにすることによって、わたしの命も延びるだろう。

 少しややこしい話、のようで内容はいたってシンプルだ。「現在」を、「過去」のわたしが「未来」として残したものではなく、「現在」としてその瞬間ごとを生きることは、とても難しい。時間が濡れた雑巾のように捻り絞られて、そこから滴る水は何色だろう。

 

 東京へ行くと、いつかこの街にも飽きてしまいそうになり怖い(将来を憂うことほど、無意味なこともない)。

 東京で暮らす人にわたしはいつも問う。飽きないかと。皆口を揃えて「まったく」と言う。器用に生きていると思う。

 こんな田舎の路上でも、歌を歌う人がいる。ライブハウスでも、歌を歌う人がいる。踊る人たちがいる。劇団がある。絵を描く人はあまり見たことがないけど、たぶんいる。「ここから」何かを発信することには、きっと価値がある。なにもないから、自分たちで作ろうとする人たちと、なにもない町に暮らすなにもない人との温度差を感じながら、わたしはどっちつかずの体温で生活している。

 自分はいつか必ず何かを大成するものだと信じている。何もしていないくせに、なぜか自信だけはあって、周りから見たらこんなわたしは気持ち悪いだろう。

 書こうと思っている。もし完成したら、あの人もあの人もあの人も、読んでくれるのではないかと思う。

 東京よりも腐るのが早いわたしが生きていくためには、たぶんこれしかないような気がし始めた。

 涼しい夜だ。

 

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