片蔭

 去年の夏ごろ、たしか2年近くお付き合いしていた人と、別れた。その人と別れてからもうすぐ1年くらいが経つけれど、別に新しい恋人ができたから別れたというわけでもないので、ずっとひとりだ。今までもずっとひとりだったし、なんてことはない。あの2年間が異常だっただけだ。(異常という言い方は失礼か)

 

 夏がきた。

 

 彼氏が欲しいなんて漠然としたことは、あまり考えたことがない。自分自身が誰かの代替可能な存在であるということが許せないから、わたしも他人にそれを求めない。というか、みんなもそうだと思う。「彼氏(彼女)  」が欲しいのではなくて、きちんと「誰」が欲しいのかわかっている。もしくは、都合の良い偶像に「彼氏(彼女)」と名前を付けて呼んでいる馬鹿か、どちらかだろう。

 

 「他に好きな人ができた」と、たしか言ったような気がする。人を傷つけるために、より鋭利な言葉を選んだつもりだった。わたしを好いていてくれた人を、思惑通りに傷つけた。わたしは最低だ。だけど、今さら罪悪感について語るほど、わたしはずるくない。そう思っている。

 

 言わないほうが賢いだなんて、

 

帰り道、自転車を漕いでいた。ふと、この先もずっとひとりなんだろうな、と思った。悲観的になったのではない。だけど、なんとなく、去年の夏を思い出した。

 

  依存するだけの関係を、恋や愛などと勘違いするほど、もう幼稚じゃない。不在だとマイナスになるのでは、まるで意味がない。不在ではゼロで、存在によりプラスになる関係が健全で、もっとも理想的なのだ。頭ではわかっていても、難しいが。

 

 お揃いのアディダスのロゴTシャツや、ダサいネックレスや、SNSに載せるためのツーショットの写真がなくても、人を好きになるということは、立派な幸せなのだということを、わたしは知っている。知っているから、もういい、もういいから。

 

 汚れた手は、洗えば綺麗になるのに。