バカの日記

  駅の近くのコンビニの前で、ちょっとした人集りができていた。弟に頼まれていたロールケーキを買ったあと、コンビニを出たら人がいなかったので、友達とふたりで近づいてみた。

 

 外国人の男の人と女の人がふたりで座っていて、その前には写真が並べられていた。わたしたちが肉眼で見たことのない景色の写真で、彼は世界中を旅するフォトグラファーだった。

 

 友達が英語を話せるから、会話も進んでいろいろな話を聞くことができた。わたしは英語は話せないけれど、なんとなくなら言っていることはわかるから、すごく楽しかった。

 

 本当に美しい写真ばかりだった。下手に言葉で繕うより、美しいと言ったほうが伝わるくらいに、どれも美しい写真ばかりだった。オーストラリア、インド、カンボジア、タイ、ネパール、日本は広島、京都、東京、青森までヒッチハイクで来て、次は稚内を目指していて、その次はロシアに行くという。フェリーでいくらお金がかかるかを心配していた。どうかヒッチハイクで海も渡れないものか。

 

 「写真はもらってください」と言う。もしよければチップを、と。給料日の直前で財布には300円しかなくて、恥ずかしかったけどその300円をわたしてネパールの写真と交換してもらった。300円じゃ何の足しにもならないことはわかっていたけれど、どうしてもこの出会いを形として残したいと思った。この写真の価値を300円と決めたのではないということを、天秤にいくら札を積んでも、この旅の記録とは永遠に釣り合わないことを、どうか知って欲しかった。旅の途中のふたりは本当に素敵で、ある一点にとどまって生活している姿が想像できないくらいに旅人だった。

 

 わたしたちの他にも立ち止まる人が増えて、3人の男の人が集まってきた。友達が英語を話すのを聞いて、「すげー」とか言っていた。その人たちも小銭をわたして、たしかオーストラリアの写真をもらっていた。

 

 わたしたちが帰ろうとして信号を渡ったあと、さっきの男のうちの一人が、ぎりぎりの青信号を走り抜けて追いかけてきた。そして、友達にさっきの写真を差し出した。

 

 「これ、あげます」

 

  悲しかった。

 

  ナンパの対象が自分じゃないからとか、そんなくだらないことではなくて、あの写真をダシにしてナンパを働いたあいつがどうしても許せなかった。あのバカが写真を手に取ったことが。悔しかった。最低だと思った。腹が立った。本当のことを言えば、言葉を選ばなくてもよいのなら、死ねばいいとさえ思った。

 

 友達とナンパ男は立ち止まって、しばらく話をしていた。歳が同じらしい。そんなのどうでもいい。急に駅前の光が本当にいやらしく見えて、旅をしているふたりには早く次の目的地へ行って欲しいと思った。汚れる前に、早く船に乗って欲しい。

 

 耐えられなくなって、友達を置いて先に帰ろうとした。後から友達が走って追いかけてきた。

 「なんでその写真もらったの?」

 「えっ、くれたから」

 当たり前なんだけど、それが普通なんだけど、もうどうしようもないくらい全てがバカみたいに思えた。それで、わたしは怒って、「ごめんだけど気分悪くしたから帰る」とだけ言って、先に家へ帰った。友達へ、ガキみたいな振る舞いしてごめん。でも、どうしても許せなかった。

 

 家に帰ってから、わたしがグズグズしてるので、母にどうしたのか聞かれたから、全部話した。そしたら一気に涙が出てきて、本当に悔しくて、20年生きてきた中でこんなに悔しくて泣いたことあったっけってくらい泣いた。(今も泣いてるけど)母は「ナンパするやつなんてみんなそうなんでしょ」と言った。ナンパするのは大いに結構だが、どうか、美しい人をお前の醜い欲のために汚さないでくれ。

 

 旅人の前で「へー」「すげー」と言ってたあいつらの声を思い出すと、具合が悪くなる。ぜんぶ嘘だったんだろうな。あの外国人のふたりは、きっと写真に興味を示してくれたって喜んでいるのだろう。それなら、それでいいんだけど、やっぱりわたしはどうしても許せない。

 

  本当にバカなのは、ナンパ男じゃなくて、わたしなんだろうな。そう言ったけど、母は何も答えなかった。何もわかっていない人と、わかったふりをしている人、どっちもバカなんだよ。それでたぶん、勝手に怒って泣いたりしている、わたしのほうがバカだ。

 

 旅する彼のインスタグラムを教えてもらった。そこにある写真が、わたしの手元にある。もらった写真は、印刷したものだから画質が悪いのだけれど、そんなことどうでもいい。でもやっぱり、あのふたりの前にあったときのほうが、今わたしの部屋にあるより綺麗だ。こんな不思議で素敵な偶然の日に、なぜわたしはこんなに悔しくて泣いているんだろう?

 

 どうか、素敵な旅を続けて欲しい。