地団駄を踏むその足で前へゆく我は我をも置き去りにして

 高校生の頃、美術館で横尾忠則の絵を見た。衝撃的だった。自分もこういう絵を描きたいなと思った。それを美術の教師にも話した。

 今、横尾忠則の絵を見ても、こういう絵を描きたいとは思わない。描けない。横尾忠則の絵は横尾忠則にしか描けないし、「こういう絵」なんてふうに、乱暴に括ることができないこともわかった。

 では、なにも感じなくなったのかと言えばそんなことはなく、「こんな人間になりたい」と思うようになった。絵のような生き方をすることは可能だと思い始めた。色がある人間。服装ではなくて、内面に色がある人間になりたい。生きることにもっと執着したい。あー、生きたいよー、死から見た生ってほんと文字通り生々しい。そういえば死にたいと思わなくなったな、そしたらおもしろいことが思いつかなくなった、気持ち悪いと言われた絵も描かなくなった、毎日ちゃきちゃき働いて、ただしく疲れを連れて帰る。日付が変わる前に眠る。やりたいことってなんだったかよくわからない、20歳になるってこういうことなのかな、わたしは前より大人になった気でいる。めんどくさいなんて思いたくないし、思わないくらいに大人になった(つもり)。でもさ、どぎつい極彩色みたいに生きたいって思ってるんだよ。ZOZOTOWNで派手な色の開襟シャツを買ったのは、インク漏れのようでやや恥ずかしい。