絶版について

 書店でアルバイトを始めてから、好きな本が現在は絶版になっていることを知った。

 品切れではなく、絶版。二度と流通しなくなるということだ。

 『青春』というタイトルの小説だった。『青春』 と『絶版』の二つが並んでいるパソコンの画面は、言葉の意味というよりは、文字そのものに圧があるように見えた。文字が迫ってくるふうに見えるというのは、わたしにはよくあることだが、 これより強い文字の並びをわたしは知らない。

 もうあの本は新品では手に入らない。図書館にはきっとあるだろうし、中古で出品されていたりもするだろう。

 言い換えれば、かつての誰かと『青春』を共有した、という事実が、この本には一生つきまとうことになる、ということ。現在において、青春は一人では決して完成しないのだ。

 たとえ、世間という大多数が評価せずとも、それは無価値ということではない。安い言い方かもしれないけれど、誰かの記憶に残れば、そこには間違いなく価値があると、わたしはそう信じたい。

 絶版について。

 やがて消えていくものを憂うための言葉ではなく、時代を越えてもなおその価値を信じ、求める人とを繋ぐ糸のようだと思う。

 それは、おそらくある種の希望を示している。