成長していないいないばあ

幼稚園のころ、大人を震撼させた経験がある。お店やさんごっこの準備の時間、わたしのいたグループが画用紙を独り占めして、みんなの前に立たされたのだ。先生が「なにか言うことは?」と聞いたが、誰も口を開かなかった。みんなの前に立たされているのだ、それも不名誉なことで。隣を見たがみんなうつむいていた。先生はわたしたちが謝るのを待ってくれていた。沈黙を切り裂いたのはわたしである。

 

「ありがとう」

「は?」

 

幼稚園の先生が「は?」なんて言ってはいけないのではないか。せめて「え?」くらいにしてほしかった。

 

 

「違うでしょう。こういうときは、ありがとうじゃないよ」

「ああ、そっか。ありがとうございます」

 

安心したようにグループの子たちもわたしに続いて次々に「ありがとうございます」と言って深々と頭を下げた。体育座りしていたみんなは洗脳されたように拍手をした。

 

「…こういうとき、悪いことをしたときは、ごめんなさいと謝るのです」

 

たぶん先生はそんなことを言った。このままだとこの教室にいる全員がヤバい大人になってしまう。先生はさぞ慌てたことだろう。ごめんなさいと言うべき場面でありがとうと言うとは、ほとんどサイコパスではないか。

 

一方わたしは罪の意識がなかった。言われてはじめて、「あ、悪いことをしてたんだ」と気がつくのだった。そんなのわかってたら、はじめからちゃんと謝るよ。とさえ思っていた。

わたしがありがとうと言ったのは、「みんな何も言わず画用紙を使わせてくれてありがとう」という意味だった。独裁者もいいとこだよ。ジャイアンかよ。

 

画用紙を独り占めして作ったカラフルなフェイスパックは、お店やさんごっこで大好評だった。わたしたちのお化粧やさんはその騒ぎもあり大繁盛した。幼稚園児にして炎上商法を身につけたのである。

 

そういえば別の日に、園長先生が握ってくれたおにぎりを、園長先生の前で「べちゃべちゃしてて不味い」と言ったこともあるし、スーパーへ友人と買い物に来ていた先生に会ったときは「先生にも友達っていたんだね」とも言った。

 

罪の意識があれば、はじめからちゃんと謝るよ。

20歳を前に、今も相変わらず罪に対するセンサーが鈍い。一刻も早く直さねば。