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慢性的な憂いも作り笑いも要らないある一点から

他人の幸福と不幸を観察していたら、偶然なんてものは存在しないのだと思わされた。かと言ってわたしたちを取り巻くものの全てを必然と呼ぶにはあまりにも力無い。二つで世に蔓延る事象を量ろうとすること自体がそもそもの間違いであることに、その瞬間すでに気づいてはいるのだけれど、それでも諦めがつかないことはやはり自分の悪いところだろう。

 

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人は事実を前に一喜一憂する。

 

どんな人も、嬉しいことがあれば喜ぶし悲しいことがあれば泣く。当たり前だけれど、こんなことが当たり前だということに腹がたつ。笑ってはいけないし、泣いてもいけないような、どうしようもない瞬間がわたしにはあるからだ。他人にそれを強要してしまいそうな、もっとも恐ろしい感情が芽生えたら、それが枯れるのをじっと待つこと以外にわたしには術が無い。根を断つことはわたしにはできないので永遠に解決しない。

 

苦しみを引きずりながら歩くことができる距離なんて、たかが知れている。たぶん、笑っているときは立ち止まり何かに寄り添っているときだろう。わたしは崖を滑落していくというよりは、一通りの絶望を歩き回ったところでのたれ死ぬのだと思う。

 

幸福と不幸に左右される自分の浅はかさが憎くてたまらない。昨夜涙が尽きるほど泣き、空が白むにつれて浄化され、しまいには陽の下で平気で笑っている奴の気が知れない。そんなの恥だ。狂っているのではないかとさえ思う。ただ、わたしが狂っていると感じるこの人間の摂理こそが当たり前で、わたしも当たり前のように狂っている。

 

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君があの日絶望したのは、君が今日笑っているからである。

 

そんなふうに、時間は捻れつつもある地点に回帰している。偶然なんてものは無い。