発見のための、思考の整理

わたしは評価されたいし、そういう気持ちがないと。

 

このブログをいろんな人に読んで欲しいと思っているし、きちんと相応の評価を受けたいと思って書いている。

そのためには、もっと真剣に取り組むべきだということも承知している。今はまだまだ気持ちに実力が追いついていない。

批判を受け入れられない人が他人から意見を求めてはいけない、とも思う。

 

わたしは同情されたくて生きているわけではない。

インターネットを通じて似たような感性の人を容易に集められる時代の中で、そんなものに価値はあるのかな。

群れることを悪いとは言わないけれど、まるでコピペしたみたいな仲間を作ることには疑問を感じている。

クローンは、模倣を続けるか、創造を遂げるか。

 

理想がない。

絵は習えば上手くなってしまうことが悲しい。絵だけじゃなく、いろいろなものがそうだな。そういうふうな目で見てしまうと、なにもかもがつまらない。

今わたしは、いったい何がしたいんだろう。

 

明日、深夜バスに乗って東京へ行く。

きっとそこで、落ち込む暇もないほどに圧倒されて、すれ違う人との摩擦で目が覚めて、ここで評価されたいと思うんだろうな。そのための方法すら未だわかっていないのに。

 

ライブハウスで歌う人を、スクリーンの中で演じる人を、そこで生活する人たちの姿を、わたしは見る。

スマートフォンの画面をぬるぬると上下するフィクションではなくて、実体を見る。

クローンのわたしは、いつかの創造のために。