読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

綺麗な瞳の子には旅をさせよ

日記

もしも将来わたしが母親になったら、18歳になった自分の子供に「青春18きっぷを使って旅行してこい」って言いたい。そして、できるならば一人旅ではなく、大切な友達と行ってほしい。

 

みんなが卒業旅行でディズニーランドとか原宿とかに行った写真をSNSに投稿しているのを見ても、不思議と羨ましいとは思わなかった。

 

わたしにも約束はあった。高校を卒業して、みんなが散らばるまでの3月。

京都と岐阜と金沢という、今考えたらめちゃくちゃな行程だったけれど、それでもどうにかなりそうな気がしていた。

「本当はひとりで行くつもりだったけど、ズーちゃんも来ない?青春18きっぷってのがあるんだ。名前はちょっとどうかと思うけど」

と彼女は言った。

青春18きっぷとは、JR全線の普通列車の普通車自由席が、1日2,300円で自由に乗り降りできるというものだ。5日分(11,500円)で1枚として発売されているので、時間と多少のお金さえあれば、どこまでもいける。

彼女は春から大学生、わたしは社会人になるので、これが二人で遠くへ行く最初で最後のチャンスかもしれない、と思った。

彼女には、誰よりも行動力があった。電車の乗り継ぎの時刻も、宿も、彼女はすいすい調べた。クロッキー帳を二人で立てた計画が埋めていくのがたまらなく嬉しかった。

出来上がった計画表は、あまりにも無茶すぎた。わたしたちは見たいものがあまりに多かった。青森駅を出発してから目的地までの移動だけで1日以上を要する。観光の時間はほとんどなかった。明らかに旅のほとんどは電車の中だが、それも悪くないと思えた。絶対に成し得ないことだったので、それらは紙の上で余計に輝いて見えた。

 

旅行を一週間後に控えたころ、就職先の偉い人と面談をすることになった。

入社式用のスーツは買ったかとか、赴任するときの新幹線のチケットは買ったかとか、研修で使う課題はもう郵送したか、とか。

すべてに「いいえ」「まだです」と答えた。

ずっと早く卒業したいと思っていたけど、卒業したあとのことは何も考えていなかった。先延ばしにしていた現実は、すぐそこにあることを思い知らされた。

その日はよく晴れていたことを覚えている。帰りの電車がなかなか来なかった。平日の昼前で、ただでさえ人のいないホームには、ついにわたししかいなかった。

電車を待つ間にメールを送った。彼女はLINEを使わない。

「急で申し訳ないけれど、就職の準備があって旅行には行けなくなりました。ごめんなさい」

電車より早く返信が来た。

「わかりました。宿の予約は二人ぶんでしちゃったから、ズーちゃんのぶんはキャンセルしておきます」

 

 しばらくして、Instagramに彼女の写真が投稿されていた。たぶん自撮りだったと思う。だけど、いっさいの承認欲求も下心もない、美しい写真だった。彼女の綺麗な色をした瞳と、強い風に煽られている瞳と同じ色の髪、そして彼女のその瞳に映っていた景色の写真。

 

そのあと、わたしたちは会うこともないまま青森を離れた。

4月のはじめ、わたしの誕生日には彼女がメールをくれたが、始まったばかりの仕事に追われて、そのメールに気づいたのは、ずっと後のことだった。

そして、今ではもう二度と会わないような気がする、そんな関係になってしまった、大切な友達。

 

彼女はきっとひとりでも大丈夫だと思う。だけど、もしわたしがあの旅に一緒に行っていたら、彼女をもっと楽しませることができた、という妙な自信がある。根拠はない。ただ、あの無茶な計画を一緒に笑ったから、たぶんそんな気持ちになっているのだと思う。

もしかしたら、今でも度々顔を合わせるような友達でいられたのかとも。

 

 

青春18きっぷ』という名前のせいで、学生しか使えない切符なのだと思っていたが、年齢制限はないという。JRからのクサすぎるメッセージなのだろうか。いつでも青春は取り戻せる、とか言いたいのか、本当のことはよくわからない。

だけど、わたしはこの切符の名前がやけに気に入っている。リュックひとつで旅に出た彼女と情けないわたしは、あのとき18歳だった。