正月に飛んで火に入る春の虫

わたしは絶対に、髪の毛の色や、ピアスの数で、「自分は他の人と違う」って思いたくない。わたしは絶対に、「個性的」だとか、自ら謳うような人にはなりたくない。そんな人たちを見ていると、こっちまで恥ずかしい。問いたくなる。あなたは、恥ずかしくないのですか?

 

髪の毛の色を派手に染めることも、耳にいくつも穴を開けることも、それは自由だし、わたしだって、それに対してやめろとかは言わない。

だけど、わたしはそんなことでアイデンティティを形成したくないのだ。「個性的」と自分を名乗るために、そんなことしたくない。

「個性的」とかいう、自称するにはこの世でもっともダサい肩書きを名乗るためにあれこれしてるんなら、相当な遠回りではないですか?

 

「個性的」に憧れられるのは、凡人の特権である。

「ああ、あの人は個性的だなあ」なんてものの見方で人を判断している人こそ凡人だと思うし、そんな凡人どうしの馴れ合いは沼。きっと、あなたたちが憧れている人は、汚い沼には目もくれないと思うけど。

 

そういう人たちが目指しているものは、たぶん、なんとなくだけど理解できる。だけど、アプローチの仕方が、かなりズレてるんじゃないかと思う。

 

わかる人には、わかってしまうと思いますよ。生き方としての本能的な行動なのか、ただ「個性」を追求しただけの行動なのか。

そもそも、「個性」なんて追求するものでもない。これは言い切れる。たしかに「個性的」な人はいる。だけど、わたしの知る限りのそういう人たちは、絶対にそんなこと眼中にも思考の隅にもない人ばっかりだし、ただ自然に息をしているだけの人たちだ。だから、そういう人に憧れても追いつかない。すでにあなたも息をしている。

 

そもそも、こんな話自体がレベル低すぎるのだ。もっと嫌味っぽく言えば、この話は良い篩(ふるい)とも。もちろん言い出しっぺのわたしがもっとも幼稚だとは自覚しているけど、続けます。「お前はどの立場から言ってんだ死ね」って思われて当然だけど、ただ思ってることを書いてるだけだ。もちろんこれを読んでイラつく人はかなりいると思う。いる。けど、それをわかって言っています。今日はいろんな人に喧嘩を売りにきた。

 

もう一度言うけど、黒や茶ではない髪の毛も、ありえないくらいでかいピアスの穴も、「そんなとこに穴開くのかよ」って感じのピアスも、絶対に悪いことじゃない。これだけは勘違いしないでほしい。

 

かなり感情的になってここまで書いたけど、これを言って嫌われるなら本望です。わたしとあなたの感性は合わないのだから、二度と話すことも顔を合わせる必要もないでしょう。関わる人はよく選んだほうがいい。少なくともわたしはそう思っている。