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若気の至り、なう

 今日は、高校時代の友達の誕生日である。わたしは人の誕生日を覚えるのがとてつもなく苦手なので、Twitterで「今日お祝いしてくれた人、ありがとうございました!」のツイートに17いいね♡くらいついたところでようやく「あ、そういえば」となる。だけど、今日は、キューピー3分クッキングを見ていたら、唐突に思い出して、LINEを送った。19歳になった友達へ、誕生日おめでとうございます。素敵な一年になりますように。ちなみに、わたしは今日でちょうど19歳と7ヶ月です。お祝いのメッセージよろしくお願いします。

 

 わたしは、19歳というこの一年に、やけに執着している。

 わたしはまだ大人じゃない。だけど、子供扱いもされない。いったいなんなのだろう、と考えたけど、『19歳』という孤立した生き物なのだ、と思った。19歳でいられるうちに変わらなければきっと、20代は10代の延長になるだけだと思う。執着している理由はこれだ。今でなければいけないと、強く駆り立てられている。わたしには華の17歳やら18歳とかいうブランドが似合わなかっただけで、それよりも似合うなにかが、この先に絶対に存在すると信じている。

 

 来年の4月3日の午前0時になったとたんに、プリキュアのように派手にメタモルフォーゼするわけがない。たぶん、わたしが大人になったと実感できることは、コンビニでビビらずにレジが店長でも堂々とお酒を買えるってことくらいだ。大人になるということ自体には、あまり変化はないかもしれない。だけど、大人にしかできないことがある。それは、大人げない大人でいること。大人になることの意味は、これで十分だ。かっこいい大人達はみんな、大人げがない。消耗しきれなくて、大量にもてあました青春を、ものすごい時差で謳歌しているように見える。なんかもうマジでヤバいのだ。かっこいい。かっこいい。かっこいい。

  

 わたしもきっと、ヤバい大人になってみせるので、期待していてください。