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死ぬ気で頑張るくらいなら死にたい

 「頑張れ」という声援に対して「もう頑張ってるから」と怒るのは、なにか違う気がする。相手はこれ以上の努力を要求しているわけではないのに、受け取ったほうは勘違いしてしまいがちだ。それほど精一杯なのもよくわかるけれど、「頑張れ」と言われたら、素直に「ありがとう」と言いたいし、前向きな気持ちでいられる、余裕のある人になりたいと常々思う。

 だけど、「死ぬ気で頑張れ」と言われたら話は別である。「死ぬ気で」の意味がわたしにはまったくわからない。世の中には、「死ぬ気で頑張れ、死なないから」みたいな言葉もある。これを座右の銘としている人には申し訳ないが、「好きな言葉は、情熱です」という湘南美容外科クリニックのドクターの言葉と同じくらい嫌いだ。頑張りの度合いを他人に指定されるのが嫌なのか、それとも死というデリケートな問題を簡単に引き合いに出すのが嫌なのか、よくわからないけれど、わたしは死ぬ気で頑張るくらいなら死にたい。

 結局のところは、頑張らないのが一番いい。頑張るという概念の外で夢中になれたら、それが一番いい。