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おやすみ前の5分

 7時間眠ると、アラームがなくてもすっと目がさめるようになった。眠くてたまらなくしんどいなんて思うこともなくなったし、なにより前向きな気持ちになれる。睡眠大事。

 心に平穏が取り戻されたことで、失われるものもあるとか、そんな不安は必要ない。原動力は必ずしもどん底から湧き上がるものではない。むしろ、そういう道を通ってきた上で、今できることっていうのは、振り幅が大きくておもしろい。

 最近は、いつも笑っていたいと思えるようになった。本当は人と話すことが好きだし、もっといろんな人と出会いたい。

 引き返してもいいような道なんて今まで通ってきていないけれど、そこで作った傷がこれからの道で役立つはずだ。

 

りんご食べたい

 今朝の誕生月占いで「悩んだら行動しましょう」と女子アナが言った。

 

 尊敬する歌手(歌人・女優)がさっきTwitterで言っていた。

『嫌いな言葉への抵抗は「自分は使わない」一択』

 その通りだと思った。言葉に限らず、すべての抵抗したい事象には「自分はしない」という選択肢を取ろう。

 ああいう言葉を人に平気で言うのはどうかと思うから、わたしは言わない。ああいう生き方をしたくないから、わたしはしない。抗うにはそれで十分だな。

 

 " 後押しを待っている物理的ではない背中 "

 自由律俳句といえば、本当に自由だ。

 才能がないことは諦める理由としては不十分だとわかっているし、新しいことを始めるときの緊張感として今の気持ちは適切なのだろう。今日が終わる前に行動せねばと、女子アナの聞きやすい声を思い出す。

 

「悩んだら行動しましょう こどもの日を生きる4月生まれの君へ」

横書きの文字は滲むから好きではない。

 わたしの名前を書いた。わたしが生まれた日付を書いた。わたしの性別を書いた。この家の住所を書いた。どれも、わたしが決めたことではない。与えられたものだ。

 

わたしにしか決められないものの前で震える左手よ働け

おはよう短歌

最愛の人とたべるにふさわしい一寸の狂いもなくプリン

ばばば

 『人生は楽しんだもん勝ち』という人がいるから、わたしはわたしの知らないところで敗者になっていたらしい。

 争うことが面倒だから、できるだけ避けてきた。点滅する青信号も、わたしにとってはある種の戦いだから、立ち止まり、黙って赤に点灯するのを待つ。見渡せば、わたしが妥協すれば済むことばかりで世界はできている。 仕方がないと目をつむることにも慣れてしまった。

 わたしは、大学受験を知らない。わたしは、就活を知らない。血はぬるい。それと同じ温度の人生を送っている。もっと真面目に生きたら、わたしの身体中を駆ける血は熱くなるのか。

 あー。あー!あーーーーーー!!!!!!

 多彩?そんな贅沢は言わない。何かひとつでいいから、お前には何かひとつやり切らねばならないことがあると、いつまで足踏みしてんだと、点滅してるうちは青だと、走れと、言い訳なんかするな、戦えと、すっげー遠いところから聞こえる。

 

 

KANIKAMA

 カニカマを食べなくなる日のことを考えた。"原材料の価格高騰とかで生産が困難になる日"ということではなくて、"スーパーには相変わらずカニカマが並んでいるのに、我が家から忽然と消える日"のことだ。

 祖母は、わたしの好物がカニカマだと思い込んでいるらしい。だから、スーパーに買い物に行くと、わたしのためにカニカマを買ってくるのだ。

 わたしはカニカマがそこまで好きではない。嫌いでもないけど、「あなたはたった今からカニカマを食べることができる権利を永遠に失いました」と突然カニカマの神様に言われても、冷静に、素直に、ただ「はい」と受け入れられるくらいのレベルだ。

 祖母がいつどのタイミングで、わたしがカニカマを好きだと勘違いしたのかはわからない。本物のカニは好きだ。正月にカニを貪り食うわたしを見て、こんなに喜んで食べるのなら普段も食べさせたいけれど、いくらなんでもそれは無理があるから、とカニカマを買ってきてくれるのだろうか。

 正直、祖母が買ってくるカニカマにはそろそろうんざりしている。祖母が「買ってきたよ」とわざわざ報告してくるたびに、「またか」と思う。母は、そんなわたしを見てバカにした笑い方をする。

 今日もわたしはカニカマを食べた。

 最近、向かい合って食事をする祖母が、よく咳き込むようになった。身体も弱ってきている。カニカマを買いに、ひとりで歩いてスーパーに行くこともなくなった。叔母に車で送り迎えを頼むようになった。

 たぶん、カニカマを食べなくなる日がそろそろ来るんだろう。カニカマの神様が「あなたはたった今からカニカマを食べることができる権利を失いました」と言う日ではなく。その日がきたら、うんざりした今日も、後悔の思い出になるのか。カニカマは、まだ半分冷蔵庫に残っている。

 

 

使命

 この道をもし逃げ道とするならば、きっと脚の骨は折れ、それを引きずったまま、やがて道の途中で、前を行く人らへの無礼を思いながら、赤い顔のまま死んでいくことになるだろう。かつてわたしの後ろにいた人は、わたしの死体を避けて先へ進む。行く道に転がる死体はわたしだけでないから、皆も目が慣れてきて、可哀想だとか、残酷だといった類の感情は、まったく感じない。むしろ、これらに後押しされるというような感覚すらある。ここはそういう、道だ。

 

生きているうちに減りゆくたましいは死をもって完成する彫刻