新生活に擬態する延長戦

 気象庁開花宣言よりも、他の木よりも、何よりも咲くのが早い桜の木を知っている。近頃ニュースで上野公園や目黒川の桜をよく目にする。東京へ行った友人たちは、桜の写真をSNSにアップしている。どんなに咲くのが早いと言っても、ここの桜は4月上旬には咲かない。今日、桜の木を見に行ったけれど、まだ膨らんでもいない蕾だった。

 新生活に擬態する延長戦。 

 攻撃ではなく、自衛のための季節であると感じている。

  

週刊プレイボーイと自転車

 高校生の頃にアルバイトをしていたコンビニの前を通った。外から覗いてみたら、知っている店員さんはいなかった。お客さんの顔は覚えていた。どんな銘柄のタバコを買っていたっけとか、考えた。

 ラーメン屋の、テレビがよく見える席に座った。中年の男女が楽しそうに食事をしていたけど、夫婦には見えなかった。ああ、今はそういう時間なんだな、と思った。

 駅前を通るといつも悲しくなる理由について話をした。つまらない話をしてしまったなと思いながら、歩道のブロックを数えて歩いた。

 そういえば、コンビニのATMでお金を下ろしたことがない。

 やり直したいと思うのは、答えを知っているからだ。もう間違えることはないと、思うからだ。卑怯だ。自分が嫌になる。

  6車線越えて結局行き着くは24時間ひかるコンビニ。

禁煙席で

いつまでも今日のドリンクバーの薄い紅茶の味を忘れないこと。

E y c i is r.

健康な精神が作り出した芸術に、挑戦したい気持ちがある。

負のエネルギーを必要としないもの。

心の拠り所が、ただの同情や慰めにならないように、日当たりの良い明るい部屋を用意しておきたい。

行うべきは、一時的な解放ではなく完全なる救済である。錯覚を起こさせることは解決にはならない。

 

 

10代のうちに観ておくべき映画は何だろうと、10代が終わる5時間前にふと思った。名作に多く触れておくべきだろうと思い、タイトルと主題歌だけは把握している『スタンド・バイ・ミー』を観た。

それぞれに内情を抱えた12歳の少年4人が、森の中へ死体を探しに行く、という物語だ。詳細は省略する。

 

ただ、この映画を10代のうちに観ておいてよかった。

 

どんなに偉かろうが、どうやったって誰も年齢には逆らえない。若作りなど所詮は虚構に過ぎず、どんなに実際の年齢よりも若く見えようが、年相応の表情をしている人間の美しさには到底叶わないのだ。

19歳という一年に固執していた自分は、そういう意味では実像としてこの世にはっきりと存在していたはずだ。

 

 

やりたいこともやるべきことも、見えている。君は、なんだってできるさ。

 

 

 

 

 

 

踏まれても根強く思へ道芝のやがて花咲く春は来ぬべし

 焦燥感を抱えたまま駆け抜けたような歳月は、もう振り向かなければ見えない位置にあった。形のはっきりしない、ぐにゃりとした19歳という生き物だったわたしは、よく戦ったと思う。

 

 久しぶりに、小学校の卒業アルバムを開いた。卒業文集には、将来の夢と題して、「自分は新聞記者になりたい」と綴っていた。今はもう新聞記者になりたいとは思っていないけれど、(あまりに個人的ではあるが)物を書いているという点では、方向性は変わっていないような気がする。

 小学六年生のときの担任は、わたしが今まで出会った身近な大人の中で尊敬している、数少ないうちの一人だ。そう思えるようになったのは、小学校を卒業したあとのことで、残念ながら当時は大嫌いだった。

 わたしが新聞記者になりたいと思ったのも、この先生が新聞の切り抜きをさせる宿題を頻繁に課してきたからである。切り抜くだけならまだしも、考察なども書かされた。とても面倒な宿題だったけれど、この宿題のおかげで新聞を読むのが好きになり、新聞記者を志してしまうまでになった。

 また、日本語の他に英語はもちろん、スペイン語、中国語の三カ国語を自在に操る、小学校の教諭としては非常に珍しいタイプの先生だった。かつては青年海外協力隊発展途上国にも派遣された経験のある、それはもうとにかく素晴らしい人だった。

 先生を大嫌いなことに変わりはなかったが、あらゆる意味で影響を受けた。なぜあんなにも嫌いだったのかは、今となっては思い出せないほどだ。おそらく、宿題が面倒だとか、授業のやり方が独特すぎるとか、やたらと厳しいとか、そんなことが理由だったと思う。振り返ると本当にくだらないけれど、それが子供というものなのだろうと思う。理解には必ず時差が生じる。長い時間をかけて子供の成長に向き合うということは、孤独である。しかし、その先生はそんなことも物ともせずに、真剣に教育者という立場を全うしている先生だと思う。

 そんな先生に聞きたいことがあり、久しぶりに連絡をすることにした。住所も電話番号もわからず、Facebookで名前を検索してみると、先生の名前の写真が一致した。すぐにメッセージを送った。すると、返事が返ってきた。8年ぶりに、先生と話をすることができた。尊敬する恩師との会話は、懐かしさと新鮮さが入り混じって緊張したと同時に、便利な時代であると感心した。恩師と話すと、8年前の感覚に戻ってしまう。近々、直接会いに行こうと考えている。尊敬という感情そのものにすら、尊さを感じた不思議な瞬間だった。

 

 

 わたしは今日までに出会った人たち皆に感謝している。人生の意味を、出会いの中に見出したような気がする。

 

 ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

白いカーネーション

生と死。

乾いた花が部屋の中でどこからやってきたのかはっきりしない風に揺られている。

まるで写真に加工を施すように、いとも簡単に花の命を左右することができる人間は、どれほど偉いというのだろう。

花は濡れているのがもっとも美しいと、わたしは彩度の落ちたそれを見て思う。

宙吊りの花に見た罪悪感。

ガラスの瓶に生けられた花の美しさが、その罪をより一層掻き立てる。

両者はかつて、同じ花束の中にいた。

今は、生と死が共存している部屋の中にいる。

わたしは実験を行ったのだ。

 

 

 

 

 

4.1

4月はコーンフレークとかグラノーラとかシリアルとかの売れ行きが一年の中で爆発的に伸びるらしい。その後は低迷をたどる一方だけれど、また来る4月のために、その存在は消えることは無いのだという。

まるで、初めの数ページだけが綺麗に使用されるノートのようだと思う。誰もが美しい生活の一歩目を、美しい姿勢と歩幅で走りたいと願い、実際にそうして走り出すこともまた同じだ。

たぶんいつか、書いた文字は読めないほどに乱れるし、ぐちゃぐちゃの呼吸でくたばることもあるだろうし、朝食を摂ることも億劫になって、適当に済ませてしまう日も来るかもしれない。

しかし、生きている限り、4月は何度も訪れる。その度に、わたしたちは懲りることなく、また新しいノートを開き、また立ち上がり、またシリアルに牛乳を注いで食べる。

新しい季節に期待を寄せることを、こんなにも素直で、喜ばしい、愛おしいことだと感じたことは、これまでに一度も無い。

4月1日に相応しい空は、永遠とかいう概念を一切含まない色をしていた。

長い目で見たら、わたしたちの人生はきっと美しい。ね。