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記憶快速

日記

 記憶快速。鮮烈に記憶している地点だけを結ぶ列車。

 

 日々は決して心地の良い速度では流れていかない。忘れられた時間があることを認知してはいるが、その詳細までは思い出すことができない。無駄と呼ぶにはあまりにも惜しく、思い出と呼ぶにはあまりにも怠惰な日々も、記憶快速の線路上にある。ただ、この列車は曖昧なものの全てを通過していく。窓の外の残像はその象徴である。

 

 誰も今日までの全ての瞬間を覚えてなどいない。激しく感情が揺れた日のことに焦点を合わせて生きている。

 我々も記憶快速の乗客で、日々は心地の良い速度で流れていることに気づかないだけなのかもしれない。そして、あっという間に終点に到着してしまうのかもしれない。急ぐことだけがすべてか?快速。それは、本当に快い速さと呼べるか?

 

 隣のホームの各停列車は比較的空いている。 

 

 どちらも行先は、未定。

 

 

写ルンですもiPhoneもCanonの一眼もわたしの目もあなたの目も見ているものは同じ

日記

最近はレジの店員さんにありがとうございますが言えなくて、でもありがとうと思っているからどうしようと迷った結果、いつも10回くらい高速でお辞儀をしてしまうのだけれど、たった一回「ありがとう」と言うだけのほうが伝わるし、言葉とは尊いなと思う。

 

おしゃれなワンピースや、ぴかぴかの爪とかとは無縁のところで生きている。同じ歳の女の子たちのように、綺麗な写真は撮れないし、自分が笑ってる顔の写真もない。凛とした文字も書けない。もし、共通点を無理に探そうとするならば、くるりの歌を聴いていることくらいか。

 

水槽の金魚が水面を揺らして大きな音を立てている。

 

誰かの妥協案として自分が存在していることの虚しさ。わたしはいつも怖い。代替可能な自分が怖い。馬鹿にされているようで怖い。

 

だけどこのままずっと自分を憎むようなことはしたくないな。

明日が来てもきっとなにも変わらない。0時を過ぎたって部屋の明かりを消さないうちは、明日が来たとすら思えない。今日の終わりをいくらでも自分で操作できてしまうことが、わたしをだめにしている気がする。

 

簡単に消してしまえるインターネットの上の、筆圧のない平坦で無機質なこの文字を、あの人の黒いボールペンと紙の摩擦による凛々しい言葉たちと比べない生き方をしたい。

 

水平線、海は海に落ちる

日記

わたしはきっと会いに行くし、舞台の上に立つ彼女を観る。

彼女はそこで待っていて、舞台の上からわたしを見る。

 

次に会う頃には、わたしは20歳になっている。大人になるということは、演じることではないな、きっと。

 

今は、同じ速度では進めないけれど、方向さえ間違えなければいい。道は同じだと信じたい。

 

毎日、読みもしないメールマガジンに埋もれて、本当に大切なことが見えなくなっている。

運転見合わせなう

日記

青い自動販売機のある角を右。白い自動販売機のある角はその一本手前の道だから、間違えないように気をつけて。緑色の缶のジュースが好きだったけれど、昨日通ったときには赤い缶のジュースに変わっていた。

 

缶コーヒーよりもコンビニで100円のレギュラーコーヒーのほうが好きだと言っていた。わたしもそう思う。だって、毎朝タクシーのおじさんたちが、紙コップのコーヒーを片手にコンビニの前に座っているのを見ていたから。わたしはコーヒーが飲めないけれど。

 

ハンガーの三角のところから、世界を覗いたことはありますか?そこからは、なんでも見えるのだ。きみが見たいと思いさえすれば。今までいちばんよかったのは、ボーダーの入った紺色のTシャツ(のハンガーの三角のところ)だ。これは、わたしのものではない。

 

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記録は記憶に昇華する

日記

コインランドリーに備えつけてあった手洗い場のタオルが真っ黒で、なによりも真っ先に真っ白くなるべきなのは他でもないお前だ、と思った。

 

愛されていると勘違いしたい。その鈍い感覚の鋭さで、永遠に自分を騙し続けたい。死ぬまで幸福な錯覚を。

 

シャッターを押すだけで誰でも美しい写真が撮れる時代になった。言い換えれば、人の心を揺さぶることが簡単な時代になった。わたしたちは常に本質を見極めなければならない。

 

似たような価値観だけを寄せ集め、自分を肯定するということ。いつまでも鏡の中の自分しか愛せないということ。

だけど、鏡の中のわたしはきっとわたしとは全く別の人間だ。お前は誰だ?睨み合うわたしとわたしと、それを見下ろして笑っているわたしがいるような気がする。わたしはわたしの中で増殖して、それは日ごとに増える敵の数に等しい。

 

丁寧に巻かれた髪の毛の一本一本に自信が詰まっていて、猫の顔をした人間が笑っている。いつかこの猫が誰からも認められなくなる日も、せめてその髪だけは潤っていてほしい。

 

無為を嫌ったりしない。今日のささいな怒りも、わたしは嫌ったりしない。

 

 

 

 

 

最悪と言われた日に

日記

わたしは嘘をつかない。

もしもそんなことが本当に可能ならば、他人を傷つけることと自分が傷つくこと、どちらが多いのだろう。他人を守るための嘘と、自分を守るための嘘、わたしは日頃どちらを選んでいるのだろう。

もしもわたしが素直な人間になることができたならば、明日は誰が傷つく番だろう?

ばらばら

日記

ひとりでは何も生まれぬ生み出せぬ無能ではない非力でもない。